薔薇の下の乙女は、
 その女学園には薔薇の幽霊の噂がありました。
 なんでも、庭の見事な薔薇園に現れるというのです。わたくしは、果たしてどんな幽霊なのでしょう、と思いを巡らせました。きっと、薔薇園に現れるくらいなのだから、薔薇が好きな少女だったにちがいないだろうと空想していたのでした。
 さて、わたくしにとってもその薔薇園はお気に入りの場所でした。花も盛りの頃。甘い香りを漂わせ、色とりどりの薔薇が学校を蔽いつくさんばかりに咲き誇っておりました。
 薄紫の薔薇の傍には古めかしいベンチがあって、お昼の時間にはそこで読書をすることがわたくしの愉しみだったのです。
「なんの本を読んでらしゃるの?」
 突然声をかけられ、私は驚いて本を落としそうになりました。辛うじて落ちなかった代わりに、しおりがひらりと目の前に立つ白い影の足元に舞い降りてしまいました。
 しなやかな手はそのしおりを拾い、わたくしに差し出してきました。
「ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったの」
 美しいかんばせを薔薇の蕾のように綻ばせて微笑む少女は、凛とした瞳でわたしを見つめているではありませんか。豊かな緑の髪が微かな風に揺れて、微かな光の粒をあたりに散らしています。
 わたくしはその謎めいた姿にしばし見とれておりましたが、ふと我にかえり慌てて「ありがとうございます」と返しました。思えば、見たこともない少女なのです。
「貴女、いつもここで本を読んでいるわよね」
 どんな本を読まれるの、と美しい少女は尋ねました。わたくしは少し答えるのが恥ずかしくなりましたが、期待した目で見られるものですから、諦めて素直に答えることにしました。
「少女小説です」
「まあ、素敵」
 その言葉にわたくしはほっとする思いでした。なぜなら、先生方からこのような本を読むことははしたないといわれ続けてきたからです。どんな本を読もうとわたくしの勝手、と思っていたものの、やはり後ろめたさはあったのです。
「貴女も少女小説を嗜まれるの?」
 わたくしはなんだか嬉しくなって、尋ねました。
 けれど、彼女は淋しそうに頭を振りました。
「わたくしは本を読むことを禁止されてましたの」
 それはなんともひどい話でした。けれど、わたくしには彼女のものいいが不思議に思われました。自分のことであるのに、どこか他人事のような。
「……ねえ、貴女にお願いがありますの」
 ふと、彼女はわたくしの目をしっかりと見つめました。わたくしはその黒く輝く瞳から視線を反らすことが出来ませんでした。
「わたくしにできることでしたら」
 少し不安でしたが、断る理由はありません。彼女は、ありがとうと囁き、濃い桃色の薔薇の根元を指し示しました。なぜだか薔薇の香りがいっせいにその濃さを強めてざわめいたように感じられました。
「その薔薇の下にわたくしは埋められてしまったの」
と、彼女は言いました。
「殺されてしまったのよ。でも、そのひとも死んでしまったけれど」
 わたくしは、どんな顔をすれば良かったのでしょう。どうやら彼女は、誰かに見つけて欲しいと願っているのです。それが例え、生きていた頃とは違う姿であっても。
 不思議と、怖くはありませんでした。これがかの薔薇の幽霊の真相であったのです。
「……わかりました」
 わたくしが頷くのを見届けてから、彼女はそっと笑みを浮かべながら蜃気楼のように消え去りました。それはまるで白昼夢のようでした。
 それから数日後、彼女は数年ぶりに日の光を浴びました。遠目から見えたその姿は白く、美しく、清らかでございました。
 嗚呼、命短し乙女よ、薔薇の園で永遠なれ。
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