「ノルニルの館」こぼれ話

新作「ノルニルの館」をお手に取っていただいた方々、このたびはありがとうございます!
今回は新刊は糸綴じの手製本です。この厚さは印刷所に依頼すべきだったなあ、と半泣きで夜なべして仕上げました。こだわりは表紙のトレーシングペーパーです。金木犀の花を散りばめたシンプルなものですが、お気に入りのデザインになりました。背景に灰色ってシックで素敵ですね!綴じるために使った糸は金木犀の葉の色をイメージしています。
以下、作中の舞台裏などのこぼれ話になります。本当はイベントにプリマヴェーラ通信No.3を準備したかったのですが、間に合わず……ですが文字制限から解き放たれ自由の身、いろいろ語ってみました。

「ノルニルの館」の季節は秋、金木犀の咲く十月上旬です。仕事帰りに見た金木犀の香る雨上がりの夕暮れの景色から着想を得ています。そして序章はその景色を描写しました。なんだか不思議なことが起こりそうな、そんな雰囲気を作品全体に織り込んでいます。

タイムスリップものですが、作中では「タイムスリップ」という言葉はあえて使わずに「”時間”をかける」と表現しています。時間をかけるには、同じ日の同じ時間が重なる瞬間、ノルニルの懐中時計と花の香りと雨が条必要です。すべて女神が良きに計らってくれているのでしょう。
舞台となる洋館のモデルはかの有名なヴォーリズ建築のひとつ、北白川の駒井家住宅です。1927年築なので1914年の作中には少々モダンなのですが、あの!書斎が見事なんです!(力説)なのでそのまま参考にしました。日本の洋館の資料本を見ることが、最高に楽しかったです。哲学の道も大好きな場所なので、京都が舞台の作品を書くときは自然と出してしまいますね。

登場人物について

主人公の三堂静をチェリストにしたのは、私が好きでしかたない楽器がチェロだからです。作中では年齢を明かしていないですが、雰囲気として20代後半として書いていました。祖父母っ子で、大抵のことはなんでもそつなくこなす青年なんだろうなあ、と書きながら思っていました。彼の視点で書いていたはずなのに、いろいろと予想外の行動をしてくれたので、むしろこっちがどきどきしました。真夜中のサンルームのシーン……見返すとプロットには「唇にキスを落とす」とあったんですよね。でも、結果としては彼らしいシーンになりました。大切なひとを尊重できるのは、静らしいなと。チェロの音が聴えにくくなったのは「聴かせる相手が見えなくなった」ことが原因でした。運命の人と出会ったのでもう安心です。

ヒロインの花舘詩子さん。聡明で思慮深く、好奇心も併せ持つ少女です。年齢は女学校を卒業する頃くらいのアバウトなイメージ。妾の子供なので、他の家族との関係はあまりいいとは言えません。いじわるをされるわけではないですが、無視されて生きてきました。そんな彼女が現代人の物腰柔らかな静に出会ったのは、救いでもありました。ノルニルの時計に選ばれたので、心の奥底に「ここでないどこかへ行きたい」という気持ちをずっともっているはずが、彼女はそのことに気付いていませんでした。いつか静に自分の気持ちを伝えられるといいね。


そして一番苦悩したのは京都弁でした!きっと違和感がたくさんあるかもしれませんが、どうか目をつぶっていただけたらと……私は普段関西弁を使っているわけですが、敬語のときは標準語を意識しているのと、文章におこすと「発音これで大丈夫だろうか」と悶々することになることがわかりました。でも方言っていいですよね。


さて、詩子さんの苗字にぴんとこられた方!そうです「花のつれづれ」に収録した「薄花の咲きこめて、春と恋う」に登場する先生こと花舘葉一さんの従姉妹だったりします。舞台は大正三年、この頃の先生はまだ学校の音楽の先生をしていました。こんなふうに気付くか気付かないような微妙なところで物語同士を繋げるのは楽しいですね。完全に私得です。うふふ。

今後のふたりの関係についてですが、のんびり愛情を深めていくことでしょう。断片的にふたりのその後を考えていたのですが、静は仕事で海外にいることが多いし、その間、詩子さんはハンナさんにいろいろ学びながら大学進学を目指していくんじゃないかと。近所の立花さんという女子大学生と仲良くなったりもします。……蛇足ですね。でも妄想するのは楽しいです。戸籍とかどうなるんだろう?とリアルなことをずっと考えていたのですが、京都なんだからそういう訳ありの異形のものだったりに対応する課が市役所にあることを信じて疑わない私です。

静のおばあ様であるハンナさんがおじい様の馨さんと出会うお話を、また書いてみたいなあと思っています。そしてオーレリア・アラン夫人ですが、裏設定で旧姓は「オーレリア・ノア」とあります。私の頭の中には「ノア」と「野々宮」という不思議なことと関わりの深い一族がいます。なのでその血を受け継いでいる静は非日常にはとても耐性があるのでした。

執筆中の音楽について

今回はチェロが登場するということで、ずっとチェロのための曲を流していました。特にW.H.SquireとE.Elgaの作品を聞いていました。リズムが好きな曲がたくさんある作曲家たちです。バッハの無伴奏チェロ組曲の第一番「Prelude」は作中にも登場しました。その他、作中に登場する曲は映画で有名な「ティファニーで朝食を」「ムーンリバー」、エルガーの「愛の挨拶」とハイネの「歌の翼に」。いろんなチェロの曲を聴いた末に、好きな曲で耳なじみのあるものを選びました。
作品には関係ないですが、執筆の期間中は本当にいろんなチェロ曲を聴きました。車でも常にチェロが流れ、若干チェロ中毒になっていたほどです。そんな中で特にヘビーローテーションしていた現代のチェロ奏者たちを紹介いたします。

・まずはGiovanni Sollima。
独特な音の表現の仕方が素晴らしく、特に10分にわたる曲「Violoncelles, Vibrez!」は魂を揺さぶってきます。美しい、切ない、美しい、慟哭、美しいのフルコンポで耳を刺激します。2挺のチェロで奏でるこの曲、控えめに言って最高です!

・次に、2CELLOS。
いろんなアルバムを聞いていたので、ひとつを選ぶことができませんが、いろんな曲を2挺のチェロでカバーしていてるので聞いていて楽しいです。作中の「ムーンリバー」は彼らが弾いた曲のイメージそのままです。ちなみにミュージックビデオの中では「For the Love of a Princess」が美しくて、「Thunderstruck」がいい意味でカオスでお気に入りです。YouTuberでチャンネルがあるので、そこからも視聴できますよ。

・最後にBarry Phillips。
ケルト系民謡音楽の曲調でとても和みます。旅のお供に聴きたくなる、そんな曲を作られる方です。

私がチェロを好きになったきっかけが、小さい頃に見ていた世界の車窓からのテーマ曲です。こちらは言わずと知れた溝口肇さんですね。3年前に地元の美術館でトワイライトコンサートで生の演奏を聴けたときは、感動して目の前が滲みました。なんて素敵なんだろう……こんな綺麗な音が存在するなんて幸せ……と、今に至ります。いつか習ってみたいなあと思いながら、今は聴くことをいっぱい楽しみたいと思います。
ちなみに今回のテーマ曲は織田かおりさんの「懐旧の庭園」です。




あれ……?作品の話はどこへ……?
「ノルニルの館」をお手に取ってくださった方に少しでも素敵な時間を提供できたら幸いです。拙いところもあるかもしれませんが、こうして作品を届けることができたことを、心から幸せに思っております。よければご感想など、大歓迎です(こそっ)。

ではでは、また次回作で会えることを願って。

コメントを残す

*